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広島家庭裁判所 昭和47年(家)630号 審判

申立人 上坂健治(仮名)

被相続人亡 鶴見清之進(仮名)

主文

本件申立てを却下する。

理由

(申立ての趣旨)

申立人は「被相続人鶴見清之進の相続財産を申立人に分与する。」との審判を求めた。

(申立ての実情)

1  本件被相続人は戸籍によると大正二年七月一〇日アメリカ合衆国ハワイ州○○において死亡している。

2  本件被相続人の遺産は広島県佐伯郡○○町字○○△△番△山林六六四平方メートル(以下本件山林という。)のみであつたところ、相続人不明のため当庁昭和四五年(家)第一六三二号事件において昭和四六年二月五日その相続財産管理人として増田正次が選任された。同人は同年五月一〇日相続債権申出の公告をなし、さらに同人の申立にもとづき当庁昭和四六年(家)第一一七九号事件として昭和四六年一一月一二日相続人捜索の公告をなし、昭和四七年三月三一日同催告期間が満了したが、権利を主張するものがなかつた。

3  前記相続財産管理人は財産管理の必要上、権限外行為の許可を得て本件山林を処分し、その代金を保管している。

4  申立人は次のとおり本件被相続人の特別縁故者であるので、本件被相続人の相続財産全部を申立人に分与されたい。すなわち

(1)  申立人と本件被相続人とは、親族関係がないが、古い先祖の時代に身分関係があつた。このことは申立人が話にきいているところであるし、また申立人の曾祖父時代屋号を「つるみ屋」と称していたが、これは本件被相続人の氏「鶴見」と相通ずるものがあることからしても推測することができる。

(2)  申立人方の上坂家累代の墓と、本件被相続人方の鶴見家の墓とは、部落共有の墳墓地内にならんでいるので、上坂家において代々鶴見家の墓守りをしてきた。

(3)  昭和三五、六年ごろ申立人の父上坂春雄(昭和四二年四月二三日死亡)が鶴見家の墓に隣接して本件被相続人の石塔を作り、現在まで申立人がこれを管理してきた。

(4)  本件山林の固定資産税は最近徴収されていないが、戦前のある時期において一期分二銭くらいの税金を申立人の父上坂春雄が支払つた事実がある。

5  よつて本件申立に及んだ。

(当裁判所の判断)

1  本件記録、昭和四五年(家)第一六三二号相続財産管理人選任事件記録、昭和四六年(家)第六四四号相続財産管理人の権限外行為許可事件記録および同年(家)第一一七九号財産管理人報酬付与事件記録によると以下の事実が認められる。

(1)  本件被相続人は文久元年七月一四日出生し、大正二年七月一〇日アメリカ合衆国ハワイ州○○において死亡した。

(2)  申立人は大正二年九月二五日宮下公司、同コトエの三男として出生し、昭和一六年九月二九日上坂春雄、同サダの長女スミノと婿養子縁組した。上坂春雄は昭和四二年四月二三日死亡した。

(3)  本件被相続人はハワイに移住する前、広島県佐伯郡○○村に居住していたらしいが、その住所、職業、およびハワイへ移住した時期、事情などは不明であつて、申立人ももち論それに関する知識を持ち合わせていない。

(4)  本件山林は、昭和四四年○○不動産株式会社が本件山林を含む附近一帯を宅地造成することになり、相続財産管理人増田正次が権限外行為の許可を得て昭和四六年六月八日同会社に対し代金一、二〇六、〇〇〇円で売却したものであるが、従前は谷のようなところに位置し、見るべき立木もなく、さほどの価値あるものでなかつた。

(5)  申立人および証人野崎金松の供述によると、上坂春雄は本件被相続人から、同人がハワイへ移住する際、本件山林および鶴見家の墓の管理を依頼されたと話していたようであるが、果してそのような依頼が真実あつたかどうか、未だ明らかでない。おそらく本件被相続人がハワイへ移住する際には財産整理が行なわれたことであろうし、本件被相続人名義の財産として本件山林一筆のみが残つていることはたまたま整理もれとなつたものと推認されるところから、本件被相続人が上坂春雄に対し本件山林の管理を依頼したということはにわかに認めることができない。

しかし上坂春雄は、本件被相続人との間に古い先祖の時代に縁戚関係があつたらしいと判断し、時に本件山林の手入をし、上坂家の墓に隣接する鶴見家の墓に参拝したりし、また昭和三八年ごろ本件被相続人の墓石を建て、その五〇周忌の法要を営んだことがある。ただし本件被相続人の墓石を建てる費用は、上坂春雄が本件山林の立木を伐採、売却してねん出したものである。

(6)  申立人は、上坂春雄の後を継いで、本件山林の手入をしたり、また本件被相続人の墓守りをしたりしている。しかし本件山林の手入といつても特別の出費を伴うほどのものでないし、また墓守りについても同様である。(上坂春雄が本件山林に対する税金を戦前のある時期において一期分二銭くらい支払つたとの点については、その事実関係を明確にする資料がない。)

2  相続財産分与の制度は昭和三七年法律四〇号により民法九五八条の三として新設されたものである。同条は、相続人不存在により相続財産が国庫に帰属することを避け、被相続人と生計を同じくしていた者、その療養看護に努めた者など被相続人と「特別の縁故があつた者」に対し、相続財産の全部または一部を分与することができる旨規定したが、その立法趣旨は主として遺言制度を補つて、被相続人の遺志の実現をはかるためであつたものと解せられる。従つて被相続人と生前特別の縁故がなかつた者が死後その祭祀を施行している事実は、同条にいう特別の縁故を肯定すべき事由に該当しないものと解すべきである。かかる解釈は祭祀専用財産を遺産相続と分離し、祭祀承継者をして前者の権利を取得させ、それ以上祭祀承継者たるの故をもつて遺産相続において有利な取扱いをしないこととした制度の仕組に合致するものでもある。

なお本件被相続人の死後申立人が本件山林の手入をしている事実は、同条にいう特別の縁故を肯定すべき事由に該当するかどうかを決するにあたり、これを厳格に解するのが相当である。けだし、同条の立法趣旨からしてそうであるとともに、相続人不明の場合に相続財産管理人選任の申立をいたずらに遅延させ、その間に実績をつくつたうえ、それを理由に相続財産の分与を求める幣害を防ぐためにもそのように解すべきだからである。

そうだとすると、本件の場合、申立人は本件被相続人の死後出生したものであり、かつ上坂春雄、同サダの長女スミノと婿養子縁組したのは昭和一六年九月二九日にいたつてからであるので、申立人が本件被相続人の生前に特別縁故があつた者とはとうてい認められない。

そして申立人が上坂春雄の後を継いで、本件被相続人の墓守りや本件山林の手入をしたなどの事情は、上述の理由からして特に考慮に値する性質ないし程度のものと認められない。

なお、申立人は、自分自身としては本件被相続人の特別縁故者として十分でないとしても、上坂春雄がその特別縁故者であつた地位を承継して、あるいはそれと合わせて考えると、申立人を本件被相続人の特別縁故者として相続財産を分与すべきであるというのかも知れないので、この点につき検討することとする。相続財産の分与は、特別縁故者に対し当然に分与されるものでなく、家庭裁判所が、特別縁故者の申出によつて、はじめて相続財産を分与するかどうか、その程度などを決定するものであつて、その申立権を行使するかどうかは原則として同人の自由意思に基づくべきものと解せられる。そしてその者が前記申立権を行使しないで死亡したときは、その行使に障害があつたなど特段の事情がない限り、前記申立権を行使する意思がなかつたものとして取扱い、かかる場合は特別縁故者と被相続人との間に存した事情を、特別縁故者の相続人などにおいて承継したとか、あるいは援用するということはできないものと解するのが相当である。本件の場合、上坂春雄は昭和四二年四月二三日死亡するまでの間に本件被相続人の相続財産の分与を申出なかつたものであつて、かつ前記特段の事情も認められない。従つて、上坂春雄と本件被相続人との間に存した事実をもつて特別の縁故を肯定すべきかどうかを論ずるまでもなく、上述の理由により申立人をして上坂春雄のそれを承継したとか、また合わせ考えて本件被相続人の特別縁故者とすることはできない。

以上のとおりであつて、本件申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高山健三)

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